おやじ倶楽部

40代おやじの備忘録ブログ。

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眼鏡橋??-in 長崎-

投稿日:2017年1月29日 更新日:

40代おやじ(@40oyaji_en)と妻は資料館での内覧を十分にさせていただき資料館を後に、車に乗り込みました。

運転手さん
どうでしたか?ゆっくりご覧になれましたか?
40代おやじ
はい。ありがとうございました。
う~ん もう少しゆっくりみることが出来たら良かったなぁ~ ここで観光終わってもいい感じかな?
運転手さん
そうでしたか~。でも、ご主人さんがこのあとの予定表を作っておられますので先に行きましょうね。
そうなん??
40代おやじ
うん。前日にメールで案内してもらうコースを送っておいてん。(1ヶ月前からコースを考えてたんです・・・笑)
そっか・・じゃぁ仕方ないな。
運転手さん次の場所へお願いします。
運転手さん
では、眼鏡橋に向かいますね。
眼鏡橋???
運転手さん
はい。眼鏡橋です

車は市街地を抜け・・・目的地のある場所に到着!

運転手さん
到着しましたよ。こちらが「眼鏡橋」になります。車を降りて近くで見てみましょう。

小雨が降り出したので傘を出しますので、すこし待ってて下さいね。

妻は、ニコニコしながら私の耳元で・・

今日は雨や言うてたから、どこかで傘買わんとあかんかなぁって思ってたけど。傘貸してくれたら買う必要がなくなったね!ラッキ~!やな!
40代おやじ
ほんまやな。笑
うぁ~!ほんまや!眼鏡みたいや!だから「眼鏡橋」か!(一人で納得してました。笑)
運転手さん
この「眼鏡橋」は、日本初の石造りアーチ橋といわれています。眼鏡橋を始め中島川の石造アーチ橋は、江戸時代にこの先にあるお寺への行く為に架設されました。
こちら(中島川の東側)から西側にある。自分の菩提寺に最短距離で行くことを目的とし作られたものだと言われています。

また、この眼鏡橋は1960年(昭和35年)に国の重要文化財に指定されています。1982年(昭和57年)7月23日から翌24日未明に起きた「長崎大水害」の際、橋のごく一部は破損しましたが流されることなく残っていました。

カメラ!カメラ!カメラ!はやく~!(やっさん【漫才師:横山やすし】のごとく 笑)

カメラを渡すと・・・

よっしゃ!!
(無心にカメラのシャッターを押し続け)
完璧や!なぁ!
40代おやじ
うん。うん。完璧やわ。笑(完璧=綺麗に撮れたの意味)
運転手さん
奥さん!ここからよりも「眼鏡橋」という名前の由来である場所で撮影された方がいいですよ。
本当の由来??
(両手で大きく宙に”M”を描きながら)”こぉ~”なって”こぉ~”なってるから「眼鏡橋」じゃないん??
運転手さん
まぁまぁ。行きましょう。

運転手さんの案内の元・・・数秒先の場所まで到着すると・・・またもや!?あの声が・・・聞こえたかと思うと妻は40代おやじ(@40oyaji_en)に向かって手招きしながら

うぁ~ぉ!ホンマやぁ!!
なぁ・なぁ!あんた!見てみ!見てみ!早う見てみ!

指す方向に目をやると・・・
そこには、中島川の川面に映し出された眼鏡橋の影がくっきりと映し出されていました。
運転手さんは、その眼鏡橋の姿を指でなぞりながら・・

運転手さん
これが、眼鏡橋と言われる由来です。
さすが!運転手さんやわ!私ら二人で来てたら・・絶対!絶対!さっきの場所から写真撮影して終わりやな!(ニコニコしながら言ってました 笑。)

ほんまに、きれ~いなぁ~眼鏡やなぁ!

40代おやじ
そうやな。笑 
でも、眼鏡ちゃうよ眼鏡橋やで。

「眼鏡橋」

橋の長さは22m、幅3.65m、川面までの高さは5.46m。
1634年(寛永11年)興福寺の2代目住職、黙子如定(もくすにょじょう)が架けた。1648年(慶安元年)の洪水で損壊するが、平戸好夢が修復、以後度重なる水害に耐えてきたが、1982年(昭和57年)の長崎大水害で他の橋も含め半壊した。

修復時に江戸期のものとみられる階段跡が出土したため、階段が取り付けられた形で、翌年復元され、歩行者専用橋となった。
流出後、下流で見つかった石材については、復元時に再利用された。眼鏡橋の辺りは増水時の氾濫対策として川幅を広げる必要があったが、橋などの姿をなるべく残し川幅や橋はそのままにし両岸の地下に暗渠式のバイパス水路を設けることで解決した。

「中島川」

長崎県長崎市を流れ長崎港に注ぐ二級河川。江戸期には「大川」ともいわれていた。
多数の橋が架設されており、その中の4つの石造アーチ橋は国または長崎市の文化財に指定されている。複数個所が護岸工事されており、川岸へ下りる階段も設置されているため、観光などの目的で歩くことも可能。水辺から間近に鯉などを見ることができる。
中島川

長崎大水害

1982年(昭和57年)7月23日から翌24日未明にかけて、長崎県長崎市を中心とした地域に発生した集中豪雨、およびその影響による災害である。気象庁は長崎県を中心にした7月23日から25日の大雨を「昭和57年7月豪雨」(しょうわ57ねん7がつごうう)、長崎県は「7.23長崎大水害」(7.23ながさきだいすいがい)と命名したが、本稿では通称の「長崎大水害」を用いる。

以下の記述では、市町村合併によりすでに消滅している自治体もあるが、原則として豪雨発生当時の自治体名で示す。
長崎市の北に位置する西彼杵郡長与町では23日午後8時までの1時間に187mmの雨量を観測。これは日本における時間雨量の歴代最高記録となっている。

梅雨末期で大雨が続いていたため、連日警報が出されていたことにより危機感が麻痺していたとの指摘もあり、記録的短時間大雨情報の創設につながった。

スポット情報

眼鏡橋
住  所:長崎県長崎市魚の町
電  話:-
営業時間:24時間
定 休 日:年中無休
公 式 HP:http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3030000/3030100/p005151.html

※本記事の情報は40代おやじ(@40oyaji_en)が訪れた時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。

僕の名前は織田縁です

おやじ倶楽部ブログを最期まで、お読みいただきありがとうございました。

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